リーゼレータ視点 変わったものと変わらないもの

アレキサンドリアの城で過ごすようになってから、わたくしは時折、不思議な感覚に襲われる。

主であるローゼマイン様を取り巻くものは、何もかもが変わった。

領地が変わった。
お城が変わった。
お仕えする者達の顔触れも変わった。

何より、ローゼマイン様ご自身がアウブとなられた。

けれど。

「リーゼレータ、フェルディナンド様がまだ執務室から出てこないのです。夕食の時間が近いのに」

困ったように眉を下げるローゼマイン様を見ていると、変わっていないものも多いのだと思わされる。

「フェルディナンド様にはユストクスがついております。ローゼマイン様が直接お迎えに行かなくてもよろしいのではございませんか?」

そう申し上げると、ローゼマイン様は少し不満そうに唇を尖らせた。

「ですが、放っておくと食事を後回しにするでしょう?」

否定できない。

けれど、それをアウブ自らが気にかける必要があるかと問われれば、答えには困る。

エーレンフェストにいた頃ならば、保護者であるフェルディナンド様がローゼマイン様の生活を整えていた。

今は逆である。

少なくとも、ローゼマイン様はそう考えていらっしゃるらしい。

「それに、今日は夕食の後で図書館都市について相談すると約束したのです」

……そちらが本命ではございませんか。

思わずそう申し上げそうになった時、扉が開いた。

「必要ない。戻った」

聞き慣れた低い声に、ローゼマイン様がぱっと顔を輝かせる。

「フェルディナンド様!」

その表情を見たフェルディナンド様が一瞬だけ足を止めた。

ほんの一瞬である。

ローゼマイン様ならばお気付きにならない程度の、ごく短い間。

けれど側仕えとして表情を読むことに慣れているわたくしにはわかった。

フェルディナンド様は、ローゼマイン様がご自分を待っていたことを喜んでいらっしゃる。

「わざわざ迎えに来る必要はないと言ったはずだ」

「迎えに行こうとしていただけで、まだ行っていません」

「同じことだ」

「全然違います」

ローゼマイン様は頬を膨らませる。

その姿だけを見れば、エーレンフェストの神殿でフェルディナンド様に叱られていた頃と何も変わらない。

けれど、見た目だけは大きく変わった。

女神の御力によって成長されたローゼマイン様は、もう誰が見ても幼い少女ではない。

そのことを一番意識しているのは、おそらくフェルディナンド様なのだろう。

ローゼマイン様が以前と同じように距離を詰めるたびに、ほんのわずかに身を引かれる。

けれど本当に離れるわけではない。

むしろ、他の者がローゼマイン様へ近付けば、以前よりも素早く間へ入る。

一体、近付きたいのか離れたいのか。

わたくしにはよくわからない。

ユストクスは面白そうに眺めているので、きっと理解しているのだろう。

エックハルト様に至っては、理解する必要すら感じていないように見える。

フェルディナンド様が望むならば、それでよい。

恐らく、そういうことなのだ。

「ところで、フェルディナンド様」

「何だ?」

「図書館の設計なのですけれど」

フェルディナンド様の眉間に皺が寄った。

「食事が先だ」

「食べながらでも話せます」

「却下する」

「何故ですか?」

「其方は本の話を始めると食事を忘れる」

即答だった。

ローゼマイン様はむっとした顔をなさった。

「わたくしはもうアウブなのですよ」

「アウブになれば食事を取らなくてもよいという規則でもできたのか?」

「そういう意味ではありません!」

いつものやり取りである。

けれど、今は以前とは少し違う。

フェルディナンド様が命じ、ローゼマイン様が不満を言いながら従うだけではない。

「では、フェルディナンド様もきちんと召し上がってくださいませ。ご自分だけ仕事を続けるのは禁止です」

ローゼマイン様がそう言うと、フェルディナンド様は黙った。

「……わかった」

今度はローゼマイン様がフェルディナンド様の生活を整えようとなさる。

そして、フェルディナンド様も完全には拒まない。

わたくしは少しだけ目を伏せた。

エーレンフェストにいた頃、ローゼマイン様はいつもフェルディナンド様を頼っていた。

何かあれば相談し、困れば助けを求め、叱られれば不満そうな顔をしながらも従った。

けれどアーレンスバッハへ赴いてから、そしてアレキサンドリアが生まれてから、お二人の関係は少しずつ変わっている。

ローゼマイン様はフェルディナンド様を守ろうとなさる。

フェルディナンド様もまた、それを受け入れている。

もちろん、フェルディナンド様がローゼマイン様を守ろうとする姿勢は何一つ変わっていない。

だからこそ、時折どちらがどちらを守っているのかわからなくなる。

「リーゼレータ?」

考え込んでいると、ローゼマイン様に声をかけられた。

「何でもございません。夕食の準備は整っております」

「そうですか。では行きましょう、フェルディナンド様」

何のためらいもなく差し出された手を見て、フェルディナンド様がまたほんの少し固まった。

ローゼマイン様は気付いていない。

昔と同じように、ごく自然に手を差し出しただけなのだろう。

けれどフェルディナンド様は、その手を取るまでにわずかな間を置いた。

そして一度取ってしまえば、離す気はないらしい。

そのままローゼマイン様を先導して歩き出す。

「フェルディナンド様、食堂はこちらです。わたくしがアウブなのですから、わたくしが先を歩くべきではありませんか?」

「転ぶ可能性のある者を先には出せぬ」

「最近は転んでいません!」

「最近は、だろう」

「もう!」

後ろからユストクスの笑いを噛み殺す気配がした。

恐らく彼には、わたくしよりもずっと多くのものが見えている。

けれど、わたくしにも一つだけわかることがある。

ローゼマイン様は大きく変わられた。

身体も、身分も、背負う責任も。

それでも、フェルディナンド様を見つけた時に嬉しそうに笑うところは変わらない。

そしてフェルディナンド様もまた、そのことに安堵していらっしゃるのだろう。

変わってしまったローゼマイン様と。

変わらないローゼマイン様。

その両方を確かめるように、フェルディナンド様は繋いだ手を離さなかった。