ここにいると答える夜

フェルマイで、5学年時の時かけ後にフェル様のところにマインちゃんが戻ってきてからの夜〜寝台の様子


診察を終え、食事を摂り、側近たちへの説明も最低限済ませた頃には、すでに夜も深くなっていた。

ローゼマインは湯浴みを終え、柔らかな夜着に着替えさせられて寝台へ入る。

「今夜は何もお考えにならず、ゆっくりお休みくださいませ」

そう言ったリーゼレータの目は、まだ少し赤かった。

「ええ。ありがとう、リーゼレータ」

「……本当に、ご無事でようございました」

最後にもう一度だけそう言って、リーゼレータは深く礼をする。

そして、寝台の傍らに当然のように立っているフェルディナンドへ視線を向けた。

「フェルディナンド様。ローゼマイン様はお疲れでございます」

「わかっている」

「十分な休養が必要です」

「だからこそ、私が魔力の状態を監視する」

「……左様でございますか」

リーゼレータは何か言いたげに二人を見比べたが、結局は口を閉ざした。

部屋を出る直前、わずかに口元を緩めたように見えたのは、ローゼマインの気のせいだろうか。

扉が静かに閉じられる。

寝室に残ったのは、ローゼマインとフェルディナンドだけだった。

フェルディナンドは寝台の横へ椅子を移動させると、持ち込んだ書類を膝の上に広げた。

「……何をしているのですか?」

「見てわからぬのか。執務だ」

「わたくしは今、休養が必要だと念を押されたばかりですよ」

「其方は休め。私が何をしていようと関係あるまい」

「明かりがついていて、紙をめくる音がしていれば、落ち着いて眠れません」

フェルディナンドは面倒そうに眉を寄せた。

だが、反論することなく書類を閉じると、手元の魔石灯を消す。

室内を照らすものは、壁際に置かれた小さな明かりだけになった。

それでも、フェルディナンドは椅子から動かない。

「フェルディナンド様は、お休みにならないのですか?」

「其方が眠った後で休む」

「どこで?」

「私の寝室に決まっているであろう」

「では、わたくしが眠るまで、そこに座っているおつもりですか?」

「そう言っている」

ローゼマインは布団から顔だけを出し、椅子に座るフェルディナンドを見つめた。

薄暗い中でも、彼の顔に疲労が滲んでいるのがわかる。

帰還した時には気づかなかった。あるいは、気づかせないように隠されていたのかもしれない。

「……わたくしがいない間、きちんと眠っていましたか?」

「不要な心配をするな」

「質問に答えてくださいませ」

「必要な休息は取っていた」

それが十分な睡眠を意味しないことを、ローゼマインはよく知っている。

「フェルディナンド様」

「何だ?」

「こちらへ来てください」

ローゼマインは掛布を持ち上げ、寝台の空いている場所を軽く叩いた。

フェルディナンドの眉間に、深い皺が刻まれる。

「其方は、自分が何を言っているのかわかっているのか?」

「一緒に休みましょう、と言っているのです」

「未婚の男女が同じ寝台で休む意味を、其方は理解しているのかと聞いている」

「少なくとも、フェルディナンド様がそこで一晩中わたくしを見張っているより、二人ともよく眠れると思います」

「そういう問題ではない」

「では、どのような問題なのですか?」

問い返すと、フェルディナンドは口をつぐんだ。

薄暗くて表情はよく見えないが、こめかみを押さえていることだけはわかる。

「……其方は少しも成長していないようだな」

「失礼ですね。わたくしは時を越える大役を果たしてきたのですよ」

「それと男女の機微を理解することには何の関係もない」

「フェルディナンド様が、疲れているのに眠ろうとしないこととは関係があります」

ローゼマインは掛布を持ったまま、じっと彼を見つめた。

「一人で眠るのが怖いのではありません」

「ならば、おとなしく眠れ」

「フェルディナンド様を一人にしたくないのです」

椅子に腰掛けたまま、フェルディナンドが動きを止める。

ローゼマインは声を少し落とした。

「わたくしが戻ってきたことを確認するために、一晩中起きているおつもりなのでしょう?」

「……自意識過剰だ」

「では、一緒に休んでも問題ありませんね」

「なぜそうなる?」

「わたくしを見張る必要がないのであれば、ご自分の寝室へ戻ればよいでしょう。それができないのであれば、ここで眠ってくださいませ」

逃げ道を塞ぐと、フェルディナンドは不機嫌そうに目を細めた。

「誰にそのような詭弁を習った?」

「フェルディナンド様です」

即答すれば、長い溜息が返ってきた。

しばらく無言の攻防が続く。

やがて根負けしたように立ち上がったフェルディナンドは、外套を脱いで椅子の背へかけた。

「少しでも異変を感じたら、すぐに起こせ」

「はい」

「苦しくなった時に我慢するな」

「はい」

「勝手に寝台から出ることも許さぬ」

「はいはい」

「返事は一度だ」

「はい」

寝台へ入ったフェルディナンドは、ローゼマインとの間に不自然なほどの距離を空けて横になった。

同じ寝台にいる意味がないほど遠い。

「端に寄りすぎではありませんか?」

「黙って眠れ」

「落ちたら危険ですよ」

「私が寝台から落ちると本気で思っているのか?」

「寝不足ならば、何が起きるかわかりません」

ローゼマインが中央へ近づくと、その分だけフェルディナンドが端へ移動する。

さらに近づけば、額を指で押し返された。

「近い」

「これでは、わたくしがここにいるか確認できないでしょう?」

「魔力を探ればわかる」

「触れて確認する方が確実だと、先ほどフェルディナンド様がお示しになったではありませんか」

額へ口づけられたことを思い出しながら言えば、押し返していた指が止まる。

「……余計なことだけは覚えているな」

「フェルディナンド様に教えられたことですから」

ローゼマインはその手を取り、自分の頬へ添えた。

大きな掌は少し冷たかった。

フェルディナンドの指先が、確かめるように頬を撫でる。

「温かいでしょう?」

「体温に異常はない」

「生きているとわかりますか?」

「……ああ」

短い返事だった。

けれど、その声がわずかに掠れていた。

ローゼマインは彼の手を頬から外すと、そのまま両手で包み込む。

「わたくしは、ここにいます」

「わかっている」

「戻ってきました」

「何度も聞いた」

「では、もう眠ってくださいませ」

フェルディナンドは答えなかった。

代わりにローゼマインの手を引き寄せる。

体勢を崩したローゼマインは、彼の胸元へ収まった。

帰還した時と同じように、腕が背中へ回される。

「フェルディナンド様?」

「其方がうるさいからだ」

「わたくしを抱き締めると静かになるのですか?」

「口を塞ぐ方法は他にもあるが、試してみるか?」

その意味を理解するまでに、少し時間がかかった。

理解した途端、顔に熱が集まる。

「け、結構です!」

「ならば黙っていろ」

「そのような脅し方はずるいです」

抗議しても、背中へ回された腕は緩まない。

ローゼマインは諦めて、フェルディナンドの胸元へ頬を寄せた。

規則正しいはずの鼓動が、いつもより少し速い。

自分だけが緊張しているわけではないと気づき、胸の奥が温かくなる。

「おやすみなさいませ、フェルディナンド様」

「……ああ」

「今度こそ、きちんと眠ってくださいね」

「其方が先に眠れ」

「わたくしが眠ったら、また起き上がって執務を始めるのではありませんか?」

「しない」

「本当ですか?」

「其方を抱えたまま、どうやって書類を読むのだ」

「離せば読めますよ」

「……離すつもりはない」

ひどく小さな声だった。

聞き間違いかと思い、ローゼマインは顔を上げる。

だが、フェルディナンドはすでに目を閉じていた。

それ以上追及することはせず、ローゼマインも瞼を閉じる。

久しぶりに感じる彼の魔力。

自分を包む腕の重さ。

耳元で聞こえる呼吸。

そのすべてに安堵しながら、ローゼマインはゆっくり眠りへ落ちていった。

どれほどの時間が経ったのか。

突然、体を強く抱き締められ、ローゼマインは目を覚ました。

「……フェルディナンド様?」

返事はない。

薄暗い室内で顔を上げると、フェルディナンドは眠っていた。

けれど、眉間には深い皺が寄り、ローゼマインを抱く腕には苦しいほどの力が込められている。

「フェルディナンド様。わたくしはここにいます」

囁きながら、彼の背中へ腕を回した。

「どこにも行っていません」

強張っていた体から、少しだけ力が抜ける。

それでも腕は緩まない。

ローゼマインは彼の胸元に寄り添い、何度も同じ言葉を繰り返した。

「ここにいます」

返事はない。

「フェルディナンド様の腕の中にいますよ」

眠ったまま、彼の指がローゼマインの夜着をつかむ。

「明日の朝も、その次の朝も、目を開ければわたくしがいます」

その言葉が届いたのか、やがて彼の呼吸が穏やかになった。

ローゼマインは目を閉じる。

「ですから、安心しておやすみくださいませ」

今度は自分が見守る番だと思いながら、彼の腕の中でもう一度眠りについた。


フェル様、眠りが浅くなるたびに起きて、毎回マインちゃんの存在を確認していますよね!!
最初は目を開けて顔を見るだけ。
次は頬へ触れて体温を確認。
その次は手首に触れて脈を測る。
明け方近くには、マインちゃんが少し寝返りを打っただけで腕に力を込めて、

「……ローゼマイン」
「ここにいますよ」
「そうか」

これだけ言って、また眠る……😭
しかもマインちゃん、三度目くらいには完全に事情を察して、起こされる前から半分眠った声で、

「フェルディナンド様、わたくしはここにいます」

と言ってあげるのですよ……。

するとフェル様は、

「別に確認していたわけではない」
「では、なぜわたくしの頬を触っているのですか?」
「体温に異常がないか診ている」
「先ほども診ていましたよ」
「経過観察には継続的な確認が必要だ」

って押し通す。笑